「見果てぬ夢」 香川県のホームページに寄稿された文を転載させていただきました。 香川県ホームページ:http://www.pref.kagawa.lg.jp/kgwpub/pub/cms/detail.php?id=22139 |
KAGAWAアンバサダーからのお便り!
~安藤 光浩さん(スペイン在住)~
発表日:2014年06月23日香川県知事公室国際課
~安藤 光浩さん(スペイン在住)~
発表日:2014年06月23日香川県知事公室国際課
こんにちは。スペイン・トレドからKAGAWAアンバサダーの安藤光浩です。
スペインに暮らして20年、私が一緒に働いたスペイン人達の印象は、勤勉、真面目、とにかくよく働く、はやい、底なしの体力、時間を守る、信頼できる、家族の絆と伝統を大切にする、男女平等、人生の楽しみ方を知っている、です。そして若い世代は、ほんとうによく勉強しています。スペインは意外と早く経済危機から立ち直れるかもしれません。
そんなスペインの人たちが、最近注目する日本の一番いいところは、よくメディアで取り上げられる漫画やアニメ、おたく、グルメ、カラオケ等ではなくて、「気配り」や「控えめ」の文化です。それは、今の日本でよく使われている「空気を読む」というのとはちょっと違います。この「空気を読む」という態度は歓迎されません。なぜなら、個々の人がいかに優れていても、集団になるとばかげた意思決定をしてしまう現象(集団浅慮)が起こってしまうからです。
しかし、「気配り」や「控えめ」には、もっと肯定的、積極的な毅然とした意図があって、「空気を読む」のとは正反対の態度です。2011年の大震災に於いて、「相手をおもいやる」気持ちを、まず最優先させた日本人の行動が、世界中の人々を驚かせた、それです。日本が最も世界に誇れる文化だと思います。
さて、私が学んできたスペインの文化を少しだけ紹介させてください。
首都マドリードから南へ列車で30分のところに、「もしスペインで一日しかないなら、迷わずトレドへ行け」の言葉で有名な古都トレドがあります。街そのものが博物館と言われる世界遺産都市です。街の三方をタホ川に囲まれ、超然と孤立するその姿はまさにスペインの魂そのものです。世界3大名画(注1)のひとつエル・グレコの「オルガス伯の埋葬」は必見です。
このトレドから更に南、赤茶けた大地と抜けるような青空、オリーブ畑と荒涼とした土地が延々と続くラ・マンチャ地方。私は、そこの小さな村に住んでいます。美術家として多少なりともやってゆけるように成ったのは、ここの厳しい風土と魅力あふれる人たちの御蔭です。スペインの古典芸術に、長い時間をかけて触れる事が出来たのもありがたいことでした。
さて、ラ・マンチャと言えばセルバンテス作『ドン・キホーテ』。スペインに住み始める前までの私には恥ずかしながら、面白おかしく読める滑稽本としての認識しかありませんでいた。
かつてドストエフスキーが『ドン・キホーテ』のことを、「これまで天才が創造した書物のなかで最も偉大な書物だ」と、評しましたが、もちろん私には理解不可能でした。
それでもなんとか読み終えて、『ドン・キホーテ』を理解する事は、すなわち「スペインそのもの」を理解する事、さらに、近代以降の「人間そのもの」を理解する事に他ならない、ということに気づけるようになりました。セルバンテスの偉大さに、やっと最近気づいたという、なんともどじな話です。
たしかにスペインという国はおもしろいです。ピカソもガウディも、ロルカもオルテガ・イ・ガセットもすごい。エリセやアルモドバル(注2)の映画は、他の国では絶対に作れない。そして、彼らは全員『ドン・キホーテ』です。
セルバンテスは、「17世紀の世界そのもの」を現出させ、あらゆる価値感はつねに多義的にならざるをえないことを、そうしないかぎりは「真理」などはあらわれてこないことを、満身創痍で示してくれました。それまでの一義的な価値に支配されていた世界からの脱却。歴史上、最初の近代文学といわれる所以です。
この物語は、古今東西、様々に脚色されてきましたが、恐らく一番よく知られているのは、ブロードウェイ・ミュージカル「ラ・マンチャの男」でしょう。1965年初演以来現在に至るまで、素人劇団や小中学校の学芸会も含めて、地球上のありとあらゆるところで、上演され続けています。日本でも松本幸四郎さんのライフワークとして有名です。
富を失うものは、
多くを失う。
友人を失う者は、
さらに多くを失う。
しかし、勇気を失う者は、
全てを失う。
「ラ・マンチャの男」の中でもとりわけ有名な歌「The Impossible Dream (見果てぬ夢)」。「愚かと蔑まれながらも信じる道を行くことは、周囲から見れば滑稽なことかもしれません。しかし人間とはそうあるべきだ。」と謳いあげるこの歌は、何度聴いても素晴らしい曲で、どれほど多くの人が勇気づけられたか計り知れません。
しかし実は、セルバンテスが伝えたかった事は、「夢見ることの力」とその素晴らしさ、という単純な事ではなかったらしいのです。果たしてそれは何なのか、この謎は私にはまだ解決できていません。「人間を理解する事」をさらに深めていく以外にはなさそうです。『ドン・キホーテ』畏るべし。
もしスペインに旅行される機会がありましたら、400年前と殆ど変っていない自然や村が残っているラ・マンチャ地方に、立ち寄ってみて下さい。そして、白い風車を見ながら、この謎を解いてみて下さい。今まで見ていた人生が、まったく別の様相を見せてくれるかもしれません。
2014年6月20日 安藤光浩
(注1) 世界3大名画:
(注2) アルモドバル:
スペイン映画界の巨匠、ラ・マンチャ州出身の映画監督。代表作の一つ、ペネロペ・クルス主演「ボルベール(帰郷)」(2006年作)は、ストーリーはもちろんのこと、舞台になっているラ・マンチャの大地や空、街並みを見ているだけでもスペインの魅力が伝わってきます。
- ベラスケス作「ラス・メニーナス」(マドリード・プラド美術館)
- レンブラント作「夜警」(アムステルダム国立美術館)
- エル・グレコ作「オルガス伯の埋葬」(トレド・サント・トメ教会)
(注2) アルモドバル:
スペイン映画界の巨匠、ラ・マンチャ州出身の映画監督。代表作の一つ、ペネロペ・クルス主演「ボルベール(帰郷)」(2006年作)は、ストーリーはもちろんのこと、舞台になっているラ・マンチャの大地や空、街並みを見ているだけでもスペインの魅力が伝わってきます。
安藤 光浩(あんどう てるひろ)さん
現代美術家。スペイン・トレド在住。KAGAWAアンバサダーを平成25年4月19日に委嘱。
善通寺市出身。
2008年にヨーロッパで最も権威ある現代美術賞(BMW賞)をソフィア・スペイン王妃より授与される。2013年王立芸術科学歴史アカデミー名誉会員に任命される。
スペインの今を代表する現代美術家として活躍。
現代美術家。スペイン・トレド在住。KAGAWAアンバサダーを平成25年4月19日に委嘱。
善通寺市出身。
2008年にヨーロッパで最も権威ある現代美術賞(BMW賞)をソフィア・スペイン王妃より授与される。2013年王立芸術科学歴史アカデミー名誉会員に任命される。
スペインの今を代表する現代美術家として活躍。
*KAGAWAアンバサダー事業について
香川県の名誉大使として、海外で広く香川を紹介していただいたり、県の活性化のために経済、観光、文化など幅広い分野で、情報提供や提言などをしていただいたりする事業です。
*KAGAWAアンバサダーからのお便りについて
県民の方々にKAGAWAアンバサダー事業および県の国際化の推進について、より理解を深めていただくことを目的に、世界を舞台に活躍されているKAGAWAアンバサダーの方々から在住国や御自身の活動等について御紹介いただくものです。
香川県の名誉大使として、海外で広く香川を紹介していただいたり、県の活性化のために経済、観光、文化など幅広い分野で、情報提供や提言などをしていただいたりする事業です。
*KAGAWAアンバサダーからのお便りについて
県民の方々にKAGAWAアンバサダー事業および県の国際化の推進について、より理解を深めていただくことを目的に、世界を舞台に活躍されているKAGAWAアンバサダーの方々から在住国や御自身の活動等について御紹介いただくものです。